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仙台家庭裁判所石巻支部 昭和53年(少ハ)2号 決定

少年 M・N(昭三三・一一・一一生)

主文

本件申請を却下する。

理由

一  戻し収容申請の理由

本件戻し収容申請の理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

当審判廷における少年および保護者(父、母)の陳述ならびに本件関係記録によると、次の各事実が認められる。

すなわち、

少年は昭和五二年九月一七日当裁判所において虞犯保護事件(虞犯事由は母親に金品を強要して粗暴行為に及んだこと、少年法三条一項三号イ)により医療少年院送致決定をうけて関東医療少年院に収容され、その後神奈川医療少年院に転院し、一年余りの矯正教育を受け、昭和五三年一一月一六日関東地方更生保護委員会の許可決定により同少年院を仮退院して仙台保護観察所の保護観察下に入つた。

少年は上記仮退院に際して犯罪者予防更生法三四条二項所定の一般遵守事項のほか、同法三一条三項にもとづく特別遵守事項として(イ)両親に対し暴力を振わないこと、(ロ)就職後はまじめに稼働すること、(ハ)保護司の助言をよく守ること、の三点に定められた。

そして、少年は父母および担当保護司の出迎えをうけて肩書地に帰住後自ら石巻公共職業安定所を訪れたが、適職が見つからなかつたところ、父親の紹介により昭和五三年一一月二一日○○町内の○○製板に就職が決まり、同月二三日以降三、四日勤務したものの「職場に自分と同年輩の若い者がいないから」という理由で担当保護司の説得を聞き入れず退職した。

少年は同年一一月三〇日母親M・K子に対し執拗に小使銭を要求したところ、同女が「お前が仮退院するときに多大の出費を余儀なくされた。」と言つたことに憤慨し、同女のセーターの襟首を掴んで首をしめつけ、次いで同女を押し倒してその上にまたがり両足で同女の胴部をしめつける等の暴行を加え、同女からの電話連絡でかけつけた担当保護司に説諭された。

その後、少年は近所の人の紹介により同年一二月二日から○○○某の自動車運転助手として怠休しながらも稼働していたところ、同月一九日母親M・K子に対し自動車の運転免許を取得するため自動車学校に通うと称して五万円の交付方を要求し、これを拒否した同女を台所に坐らせたうえ、同女に対し、「顔を上げろ。俺が少年院で経験したことをしてやる。ぶつ殺されたくなかつたら俺の言うことを聞け。」と暴言を浴びせ、さらに「自分がこのようになつたのは親が悪いからだ。俺に謝れ。」と言つて額が床につくまで頭を下げさせ、帰宅した父親M・Oから無理矢理に五万円を受け取つた。

そして少年は同月二〇日は無断外泊し、翌二一日に発せられた引致状により同月二二日仙台保護観察所に引致された後、仙台少年鑑別所に留置された。

以上の事実から明らかなとおり少年の行状は、犯罪者予防更生法三四条二項二号および前記特別遵守事項(イ)ないし(ハ)に違反しているものであるから、同法四三条一項所定の戻し収容に相当するものと解せないでもない。

しかしながら、少年については最早少年院内で矯正教育を施すよりもむしろ家庭外での社会内処遇を通して社会的訓練をはかることの方が肝要であると思料される。

すなわち、少年は昭和五三年一一月二日当裁判所において向う六か月間の収容継続決定をうけたものであるが、それは少年院内での矯正教育が未だ効果があがつていないためではなく、少年の最大課題である仮退院後の父母との人間関係の調整および少年の職場の開拓の必要性のためであつた。

そして、少年は現に同月一六日には仮退院しているのである。

また、少年は少年院等の枠づけられた社会場面での適応力を十分に身につけているため再び少年院に収容しても院内では良好な成績をあげることが容易に予想されるけれども、それによつて少年の前記問題点は何ら解消されず、むしろ深化することが憂慮される。

さらに、少年の父母に対する暴力は長い生育過程の間に形成された根深い葛藤に基因しているものであるから、それは容易に改善されることは望めないばかりでなく、父母には少年の保護能力があるとは認められないし、また少年を保護、監督する意欲もすでに失つている。

それ故、少年を父母の許に復帰させることは、再び父母への暴力につながることが明らかであるから、保護観察所の援助を得て更生保護会への引取り又は住込み就職先の開拓が早急に望まれるものである(なお、仮退院後の二度の就職はいずれも少年又は父母の努力によるものであり、仮退院時に保護観察所において少年の就職先を斡旋した形跡は窺えない。)

もつとも少年は医療少年院における治療的指導が効果をあげて現状では精神病質とは認められないものの依然として軽度の精神薄弱(IQ=六〇)であること、それに相応して社会性情緒面の発達が未熟であること、他人への配慮に欠け、協調性が乏しいため自己の欲求を無理矢理に押し通そうとする構えが強いこと、被害感を高めやすく、自我が傷つけられると容易に怒りの感情を爆発させること等の偏りの性格が強いこともあつて前記社会内処遇に当つても相当の困難が予想されるけれども、少年の場合には再び少年院に収容してもいずれ早い時期に前記措置を講じる必要があるものであるからこの際前記手段をとつて地道に少年の社会内処遇に当ることが最良の方法というべきである。

よつて、本件申請は、その理由がないものとして却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 北山元章)

別紙

本人は関東地方更生保護委員会の許可決定により、昭和五三年一一月一六日神奈川医療少年院を仮退院し、表記住居の父M・Oの許に帰住し、昭和五四年五月一〇日を保護観察期間終了日として、仙台保護観察所の保護観察下にあるところ、昭和五三年一二月二二日付け仙台保護観察所長から戻し収容申出書を受理したので審理するに

一 昭和五三年一一月三〇日母親M・K子(当四四年)に対し再三小遣銭を強要したうえ、同人着用のセーターの襟首を持つて首をしめ、更に四つんばいにさせて同人にまたがり両足で胴を締めつけるなどの暴力を振い

二 昭和五三年一二月一九日自動車学校に入ることを口実に前記母親に金五万円を強要し、同人を強いて板の間に座らせて頭を下げさせ、「俺が少年院でしてきたことをしてやる」「ぶつ殺されたくなかつたら俺の言うことを聞け」などの暴言を吐き、更に父親のM・O(当五〇年)に対しても同様の金員を要求し同人から金五万円を脅しとつた

ものである。

以上の事実について本人は一応否定しているものの、仙台保護観察所保護観察官○○○○作成の本人の父M・O並びに母M・K子の各質問調書及び保護観察事件記録等によつて明らかであり、本人が仮退院するに際し遵守することを誓約した犯罪者予防更生法第三四条第二項所定の遵守事項第二号及び同法第三一条第三項の規定により関東地方更生保護委員会が定めた特別の遵守事項第三号に違反しているものである。

次に本人の仮退院中の行状についてみると、仮退院後間もなく就職した○○製板を些細なことを理由に短時日で退職し、その後の昭和五三年一二月二日ころから就職した○○○産業の下請けの○○○方でも怠休することが多く勤務の状況は不良である。

また、本人が自動車学校に納入したとする五万円の使途も不明であるなど保護者の指導監督に従わず、かつ担当保護司の助言も受入れることなく恣意に行動していたものである。

かかる本人の言動からみて、本人は少年院収容前の保護観察時に見られたような危険な状態に立ち戻りつつあるものと認められ、本人の現状と資質に鑑み、このまま本人を放置すれば父母に対する殺傷行為にも発展しかねず益々家庭を混乱と崩壊に導くものと判断され加えて父母は本人を怖れて少年院収容を望んでいるなど保護観察によつて本人の改善更生を期することは極めて困難であり、この際少年院に戻し収容し、更に徹底した矯正教育を図ることを相当と認め本件戻し収容の申請をする。

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